隠密包丁~本日も憂いなし~
ときは江戸時代末期。
惣右衛門は、花のお江戸でちょっと知られた板前だ。
勤め先の料亭の主が孫娘といっしょになって
店を継いでほしいと言うほど腕を見こまれている。
だが、惣右衛門にはもうひとつの顔があった。
それは、隠密——。
彼の家は代々、主君の命を受けて暗躍する隠密なのである。
不穏な行動が多く謀反を疑われた武士の調査に、
奉行所の小判窃盗事件……。
密かに依頼された事件調査に乗り出し、
闇に乗じて奔走する惣右衛門。
ところがこの男、かなりのおっちょこちょいなのである。
勘違いな推理を展開してしまったり、
尾行中にすっころんで、つけていた相手に助けられたり。
隠密など務まるのか心配になってしまうけれど。
しかし、人の裁きに関わる人間が
惣右衛門のようにやさしい心の持ち主であるのは
じつにホッとする。
隠密としては新米で、いろいろ失敗もやらかすものの
だれにも負けない板前の腕前が事件解決に役立つことに!?
筍入りのみそ汁「孟宗汁」。
うどとわかめの黄身酢和えに初鰹の刺身、
牛肉の味噌漬けなどなど……。
旬の素材を大切に、
手をかけた料理の一つひとつにゴクリと喉がなる。
惣右衛門の料理の前には、だれもが陥落。
「うまい!」と感じる喜びには
人の心をほどく力がある。
惣右衛門に似合うのは刀より包丁ーー。
魅せる大立ち回りの舞台は厨房だ!
当時の食事情のうんちくも盛りこまれ
日本料理の豊かさ、粋を改めて感じる作品である。
<文・粟生こずえ>
マンガ・児童書分野を中心とする編集者&ライター。宝島社「このマンガがすごい!」のメインライター。
高円寺「円盤」にてブックトークイベント「四度の飯と本が好き」毎月第2水曜日開催中。
ブログ「ド少女文庫」(http://ameblo.jp/doshoujobunko/)